◆音と動物◆
 我が家の近所にはペットとして犬を飼っている家が多い。
 ときおりスピーカーから音楽を流しながら、物売りの軽トラックが走ってくることがあるが、そうしたときその音楽に合わせてご近所の飼い犬が歌う声がよく聞かれる。
 もちろん、人間が歌うように流れてくる音楽のピッチやリズムに合わせて歌うわけではない。しかし、音楽に反応して遠吠えのような声があちこちから聞こえてくる様子は、まるで歌っているかのようにしか思えないのである。
 私たち人間も、音楽が聞こえてくると心や身体のどこかが反応し、音楽を意識するしないにかかわらず、心が浮き立ったり落ち着いたりすることは日常的によく経験する。
 犬などの動物の内部でも何がしかの反応が引き起こされているに違いない。

 ここまで書いて思い出したが、かつて競走馬の治療のための「馬の温泉」から次のような報告がなされた、という新聞記事を読んだことがある。
 馬はクラッシック音楽を聴かせると落ち着き、リズムの激しい例えばロックなどを聴かせると心拍数が平均の倍以上に上昇し、動きが激しくなるというのだ。
 特にテレマン、バッハ、モーツァルトなどの作品の中から、ゆったりとした流れの緩除楽章を聴かせると、首を振ったり足掻くように前脚を動かしたりするような動きが抑えられ、じっとおとなしくするという。
 
 馬は身近な動物の中でもことに音に敏感なそれとして知られている。私たちが子どもの頃には、農耕や荷車などの力仕事に供するためにたくさんの馬が飼われ、ごく身近な動物であったが、馬という生き物は絶えず両耳を動かし、周囲の状況を音で読みとり不審な物音や周囲の動きから身を守ろうとする「音に敏感な動物」という印象を子どもの頃から持っていたものである。
 また、源平合戦の昔から馬は軍事に欠かせない重要な機動力として活用されてきたが、近代の戦争でも陸軍には騎兵隊が編成され、特に日露戦争当時は大活躍をしたという。
 ものの本によれば、その日露戦争で騎兵の上等兵をつとめた人の話として、馬とラッパのについて興味深い関係があるようだと次のように記されている。

 どうやら馬はトランペットなどの金管楽器の高い音に鋭く反応するようで、進軍ラッパの音を聞くと、とたんに落ち着きを失くし興奮して無我夢中で走り出してしまう傾向があるらしいというのだ。それも喜々としてというのではなく、危険からの脱走を図る行動として駆けだしてしまうという。どうやらラッパの音は、馬にとって最大の弱点のようなのだ。だから、突撃ラッパが鳴り響くと、負傷して倒れている馬でもむっくと起きあがり、腸(はらわた)を引きずってまで遮二無二突進しようとするのだと書かれている。

 ラッパの音のどういう要因が馬をしてそうさせたのか、あるいはそうさせるのか不明であるが、ラッパと馬と言えば、競馬の前に吹奏されるファンファーレも馬を鼓舞し突進させることと何か関係があるのだろうか。